交響詩「魔法使いの弟子」
Symphonic Poem "Wizard's Disciple"
楽曲について
交響詩「魔法使いの弟子」は2017年の作品です。通常の2管編成、ニ長調、4/4拍子、演奏時間は6分52秒。
はじめにお断りしておくと、ポール・デュカスの同名作品とは一切関係がありません。題材も音楽も独立した、まったく別の曲です。
私はこの曲を「現代版セロ弾きのゴーシュ」と呼んでいます。下手なセロ弾きが夜ごと動物たちに訪ねられるうち、いつのまにか上達していく——あの構造を、現代のアマチュアオーケストラに移したものです。主人公はアマオケに入った一人の青年ヴァイオリン弾き。指揮者が魔法使いにあたります。
4つの動機
曲は四つの動機で組み立てられています。
一つめは、飲んだくれ団員の動機。やる気のない日常です。冒頭に現れるこの動機だけは独自の旋法で書かれており、ニ長調の中にありながら、どこにも属していないような顔をしています。
二つめは、魔法使いの動機。時間が来ると煙とともに現れる支配者です。
三つめは、取り組むべき課題の動機。発表会に向けて練習している曲そのもので、この作品で最もわかりやすいサビにあたります。青年は当初これを下手に弾いてはブーイングを浴びるのですが、アルペジオやトレモロの経過句——オーケストラ・スタディの形をとった部分です——をこなしていくうちに腕を上げ、最後には完璧に弾ききります。
この三つめは、青年自身の動機でもあります。彼には固有の旋律が与えられていません。弾けなかったものが弾けるようになる、その変化だけが彼を描いています。課題と本人が同じ動機であるというのは、そういうことです。
四つめは、大成功の動機。属調のイ長調に転じ、最も高いテンションで鳴る場面です。
曲の結末
四つめの動機が出たあと、トライアングルのトレモロが鳴ります。時間切れの合図です。二つめの魔法使いの動機が現れて魔法は解け、音楽は一つめの飲んだくれの動機へと戻っていきます。
アマチュアオーケストラに身を置いたことのある方なら、この終わり方に心当たりがあるかもしれません。本番の数時間だけ、素人の集団がまぎれもなく音楽になる。しかし打ち上げが始まれば魔法は解け、また勤め人や学生に戻っていく。大成功の動機が属調で書かれているのも、そのためです。頂点に立った瞬間の音楽が、まだ帰るべき場所へ帰っていない。
この曲は、当時私が所属していた団の実情を下敷きにした、やや皮肉を込めた作品です。とはいえ皮肉の底にあるのは愛着で、魔法が解けることを知りながら、それでも毎週集まってくる人々の話として聴いていただければと思います。
作曲:落葉剛